すっぴんが好きという話

すっぴんが好きだ。

というか、昔から肌に何かを塗るのが嫌だった。ベタベタする感じが苦手だったり、落とすのが面倒くさかったり。高校生の頃まではそれで良かった。一部の子を除いて、周りでメイクをしている子なんていなかったから。問題は大学生になってからだ。

 

大学生になったらメイクをするものだ、というのは周囲の状況からなんとなく察した。友人が透明マスカラをつけてみたと教えてくれたりして、マスカラなのに透明ってどういうことなんだろうと思った記憶もある。(ちなみに今でも、いまいち透明マスカラの役割はわからない)とりあえずメイクをしなければと思い、大学入学までの春休みに、母と一緒にコスメカウンターに出向いた。美容部員の綺麗なお姉さんにメイクをするのが初めてと伝え、メイクの基礎を教わりながら、一通りメイクを施してもらった。完成したメイクを見て、「雰囲気変わるね~」とおしゃれが好きな母は喜んでいた。私は自分の顔を鏡で見て、どうにも違和感があった。メイクに慣れていないから仕方ない。その時はそう思った。しかし、帰りの車であることに気づいた。

 

「あれ……。なんかメイク落としたくて仕方ない……」

 

顔に何か塗っているのが嫌すぎて、早くメイクを落としたくて仕方なかった。母は「お父さんが帰ってくるまで待っといたら?せっかくメイクしたんだから見てもらいなよ」と言っていたが、結局父の帰りを待たずしてメイクを落とした。そこで薄々気づいた。ああ私、メイクあんまり好きじゃないんだろうなぁ、と。

 

そうは言っても大学生なんだからメイクしないと。揃えたメイク道具一式で、洗面台を占領してメイクをする。やり方がわからなくても、今はYouTubeがある。美容系YouTuberの動画を見まくった。見様見真似でやってはみるものの、これで正解かはわからない。すっぴんの時となんら変わっていない気がする。とはいえやりすぎるとおかしくなる。私はこんなに悪戦苦闘しているのに、周りの子はとても綺麗にメイクをしている。そもそも高校生まではメイク禁止と言っているくせに、社会に出たら急にメイクしろだなんておかしいじゃないか、と安い恨み節を吐きながら、またYouTubeを見る。しかし、もともとあまり好きではないことは、そう長く続かない。だんだんとメイクも面倒くさくなり、チークをやめたりアイラインをやめたり。ファンデーションも苦手だったので、下地と粉だけにしたりした。

 

女の子はメイクで更に綺麗になる。綺麗になることを楽しんでいる。でも私は楽しめない。そんな自分を正当化できる何かが欲しかった。メイクをしなくてもいい、と思える何かが欲しかった。そんな時、だらだらとネットサーフィンをしている時に見つけた言葉があった。

 

「肌断食」

 

肌に何も塗らないことで負担を減らし、肌がもともと持っているバリア機能を高めるという美容法。何も塗らないと言ってもそこは人それぞれで、スキンケアの工程を1つ減らしてみるとか、休みの日だけ何も塗らないプチ断食など、やり方は様々だ。要はスキンケア・メイク用品を減らしていき、肌の負担を少なくすることで、肌本来の力を引き出すという考えだ。調べてみると、肌断食中でもメイクをしている人もいた。その場合は、お湯や石鹸で落ちるような肌の負担の少ないメイク用品を選ぶことが大事らしい。このお湯・石鹸落ちメイクを試してみようと思った。

 

メイクが好きではないくせに、なぜお湯・石鹸落ちメイクを試すのか。当時の私は、メイクをしたくないと思いつつも、やらなければいけないものという感覚が抜けきっていなかった。また、同級生が可愛い子ばかりだったので、私もきちんとしないとという気持ちもあった。なぜだかすっぴんでは出歩いていけないものだと思っていた。すっぴんに近いメイクをしているくせに。

 

色々コスメについて調べるのは好きだった。種類が多くて追いついていけない時もあったけれど、口コミやホームページの写真を見て、素敵だなと思うオーガニックコスメをいくつか買った。コスメを見ている分には楽しい。だが、実際に使うと上手くいかない。お湯落ちと書いてあっても綺麗に落とせなかったり、薄付きすぎてすっぴんとなんら変わらなかったり。

 

だんだんと面倒くさくなってきた矢先、コロナがやってきた。マスクをつけることが当たり前になった。マスクをつけるということは、顔がほとんど隠れるということ。つまり、すっぴんでも問題ない生活を送れるようになった。

 

この生活が、ものすごく楽だった。顔に何も塗らなくていい状態が、幸せだった。コロナで生活様式が変わり、価値観が変わった人も多いと聞いた。今まで当たり前だったものを、一歩引いて見れるようになった時間だったのではないかと思う。それは仕事のことであったり、人間関係であったり。人によって様々だと思うが、私にとってはメイクに関してだった。

 

今まではメイクしないと、皆みたいにきちんとしないとという焦る気持ちと、メイクしたくないという素直な気持ちの折衷案として、お湯・石鹸落ちメイクを模索していた。しかし、すっぴんでいることの快適さを知ってしまった今、もう戻れなくなった。所詮、メイクしていようがしていまいが、誰も私の顔なんて見ていないし、見られたところで素顔でいることの何が悪いんだろう。秘儀、開き直りである。

 

もちろん、社会人たるものTPOに合わせた振る舞いが大事と言う人もいるだろう。メイクしないで外を歩くなんて信じられない、という人もいるかもしれない。だがそういった声を無視して、自分の素直な気持ちに従った結果、ものすごく楽になった。今までの悩んでいた時間が嘘のようだ。

 

大学を卒業して働き始めた今も、メイクはほとんどしない。眉毛だけ書いて、たまに色付き日焼け止めを塗るくらい。職場ではまだマスクを着用しているため、日焼け止めも本当に気の向いた時しか塗っていない。マスクを外す時がきたら、メイクをするかどうか考えたことがあった。もしかしたらリップくらいは塗るかもだけれど、肌には塗らないだろうなぁと思う。

 

男性もメイクをする昨今、多くの人には理解されない考えだと思うし、それでいいと思っている。周りからどう思われるかより、自分が心地よい道を模索したい。と、そんな綺麗ごとを言いつつやはり矛盾ある人間なので、たまにメイクしなきゃかなと感じてコスメを探す時もある。だが結局探すだけで、買わないことのほうが多い。

 

そのうち何かに触発されて、メイクが大好きになるかもしれない。それはそれでいいんじゃないかと思う。

ただ今は、自分の素直な気持ちを大事に日々を過ごしたい。

結局すっぴんが好きという話。